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札幌高等裁判所 昭和27年(ネ)8号 判決

控訴人 原告 松井昇

訴訟代理人 庭山芳郎

被控訴人 被告 松下亀次郎

主文

原判決を左の如く変更する。

被控訴人の控訴人に対する東京法務局所属公証人石川音次作成の第八万七千参百参号債務弁済契約公正証書に基く強制執行は金一万円及び之に対する昭和二十三年一〇月三日から支払の日まで年一割の割合による金員以外の部分については之を許さない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通して之を三分し、その一は控訴人その二は被控訴人の負担とする。

原裁判所が昭和二十五年九月十一日に為した強制執行停止決定は第二項記載の金額以外については認可し、その余の部分は取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は、原判決を左の如く変更する、被控訴人が控訴人に対する東京法務局所属公証人石川音次作成の第八万七千参百参号債務弁済契約公正証書正本に基く強制執行は許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求めた。その事実主張の要領は、月三割の利息を以つてする金銭消費貸借契約は物価統制令第十条に違反する。仮に同条の直接の適用がなくても、この法令の精神から見て、右の契約は公序良俗に反するものであつて、いずれにせよ無効である。仮に利息の約定のみが無効であるとすれば、控訴人は不当利得の法理により、その支払つた利息の返還を請求する権利があるから、控訴人は昭和二十三年六月から同年十月二日までの間に月三割の利息として支払つた八万五千円の内原審に於て元金に充当されたものと認定された一万円を除いた七万円の内金六万円の返還請求権を以つて被控訴人の元本債権と相殺する、と云う外は原判決の事実摘示と同一である。

被控訴人は原審及び当審に於ける各最初の口頭弁論期日に合式の呼出を受けながら出頭しないから、原審で提出した昭和二十五年九月二十七日付上申書と題する準備書面及び当審で提出した昭和二十六年六月六日附及昭和二十七年三月三日附の答弁書を陳述したものとみなすが、その要旨は、

一、被控訴人は控訴人主張の公正証書に基いて差押をしたが、昭和二十五年九月二十二日に右差押を解除したから控訴人の請求は失当である。

二、高度のインフレシヨンの下にあつた昭和二十三年当時に於ては、月三割の利息は平然と行われていたもので、決して暴利ではない。仮に暴利とするも、金利の点に於て利息制限法に反するにとどまり、消費貸借契約そのものは無効でない。また利息制限法所定の限度を越した利息でも、一旦支払えばその返還は請求できないのであるから、控訴人の相殺の主張は失当である。よつて控訴棄却の判決を求める。

と云うのである。

理由

控訴人主張の公正証書の存することは被控訴人の明に争わないところであるから自白したものとみなす。そうして弁論の全趣旨によると、その公正証書には執行認諾の記載があるものとみとめられる。然らば現実に強制執行が開始されてもされなくても、控訴人としては異議を主張しうるのであるから、差押を解除した故に被控訴人の請求異議は理由がないと云う被控訴人の主張は採用できない。

本件の公正証書が、控訴人の主張するように、昭和二十三年五月中旬に控訴人が被控訴人から金五万円を、利息は月三割、返還の期限は一ケ月後との約定で、借用したその元利金の支払のため振出された約束手形金の弁済契約につき作成されたこと、控訴人が昭和二十三年十月二日までに利息及遅延損害金として合計八万五千円を支払つたことは被控訴人の明に争わないところであるから自白したものとみなす。そうして、原裁判所は、右の八万五千円の内金一万円は元金に充当されたものとし、本件の公正証書は金四万円と之に対する昭和二十三年十月三日から支払の日まで年一割の割合による金員以外については執行力を排除すべきものと判断しこの限度で控訴人の請求を許容したものであつて、これに対しては、被控訴人から不服の申立はない。

そこで当審に於ては、更に金四万円及び之に対する昭和二十三年十月二日以降年一割の割合の金員に関する部分が問題となるのであるが、控訴人は月三割の金利は暴利であつて、本件の消費貸借契約は無効であると主張し、被控訴人は貸付当時の昭和二十三年はインフレイシヨンの増勢の著しい時であつたから月三割の金利は暴利でないと主張する。そこで当時を顧みるに、昭和二十一年及昭和二十二年はインフレイシヨンの増進は著しいものであつたが、昭和二十三年に入つてその増進はゆるむとともに、国民経済の安定が緊急の課題となり、既に昭和二十二年十二月には金利調整法が制定されたことは当裁判所に顕著な事実である。かかる当時の事情にかんがみれば、当時の金利として、月一割五分まではやむを得ないが、それを超える利息及遅延損害金の契約は公の秩序に反するものとなさねばならない。ただこの場合控訴人の主張する如く消費貸借契約そのものが無効となるものではなく、金利の合意の内月一割五分を超える部分が無効となるものと解する。そうして、高利の金融にあつては、貸主は借主が金融の必要にせまられているのに乗して高利を承諾させるものが多く、格別の事情の認められない本件もその例にもれないものと認められるから、高利契約の不法性は貸主である被控訴人にのみ存するものと云うべく、従つて控訴人は利息及び遅延損害金として月三割の割合で支払つた金員の内、月一割五分の割合に相当する部分、即ち支払済金額の半額は控訴人に対し返還を請求する権利がある。利息制限法所定の限度を超過する利息或は遅延損害金は一旦支払えば返還を請求し得ないと云うのが判例であるが、本件の場合は単に利息制限法に反すると云うのではなくその合意が公の秩序に反するために無効なのであるから、之を右の判例で律することは相当でない。それ故、控訴人が予備的に主張する相殺の主張は金六万円の半額三万円の限度に於て理由がある。この返還請求権は昭和二十三年十月二日(利息支払のあつた下限の日)に於て履行期は到来し、従つて相殺適状にあり、このときまでの本件貸金の利息は支払済であるから、右の三万円は前記の元金四万円と相殺され、その結果残元金は一万円となる。

以上の通りであるから、本件の公正証書の執行力は金一万円と之に対する昭和二十三年十月三日から支払の日まで年一割の割合による金員以外の部分については之を排除すべく、この限度で控訴人の請求は認容すべく、その他の部分は棄却すべきである。よつて原判決は主文の如く変更し、民事訴訟法第九十六条第九十二条第五百四十八条を適用して主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 浅野英明 裁判官 熊谷直之助 裁判官 臼居直道)

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